江戸時代における庶民の肉食文化

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江戸時代に庶民は牛肉をまったく食べなかったのでしょうか?

三代将軍家光によって「鎖国令」が発せられ、「島原の乱」を契機に牛馬のと畜禁止令が出され、肉食は遠ざかっていったようです。

それでも、中国、朝鮮、オランダとの交易が許されていた長崎の出島では、中国人がブタを飼い、オランダ人が豚肉やハムを食べていたそうで、薩摩ではブタが飼育され、江戸近郊の一部の地域でもブタが飼育されていたという記録が残っています。

流石に牛肉は食べられることはなかったようですが、元禄や文化文政の時代になると、上方や江戸で町人文化が花開き、食生活も豊かで贅沢になっていきます。

街道が整備され、街道筋の宿場などに居酒屋や飯屋が軒を並べるようになり、人口が集中する都市部の下町では繁華街が出現し、飲食店が立ち並ぶようになります。

庶民が外食をするという習慣がなかった時代ですが、自宅ではなかなか料理できない食肉が、一部の飯屋や飲食店で食べることができるようになります。

今でいう外食レストランの登場です。

江戸で寿司やてんぷらが登場したのもこのころで、「山くじら」と称して看板を出す店でイノシシの肉の鍋料理や、「ももんじ屋」ではイノシシのほかにシカ、タヌキ、鳥肉などの獣肉も楽しむことができたそうです。

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表向きには肉食忌避があったから、これらを「薬喰い」と呼んで、猪肉を山鯨(やまくじら)、鹿肉を紅葉(もみじ)などと称したそうです。

猪肉を「牡丹」、鹿肉を「紅葉」と称するのは、花札の絵柄に由来する隠語との説もあります。

江戸に両国広小路か麹町にあった店が有名で、獣肉を鍋物にしたり、鉄板で焼いたりして食べていたようで、今私たちが食べている「すき焼き」や「桜鍋」の源流と言えます。

1718年創業の山くじらすき焼「もヽんじゃ」のお店は、現在も両国にあります。

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幕末には豚肉や猪肉が流行てし、これを好んだ15代将軍・徳川慶喜は「豚将軍」「豚一殿」とあだ名されたと言われています。

また、新撰組でも豚肉を常食していた記録が残っているほどで、これら肉食文化が明治初期の「牛鍋」の人気に繋がっていったようです。

江戸時代にはあまり想像できない、武士や庶民の間に肉を食べる文化があったというのには驚かされますよね。

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