近江牛の逸話『食べ物の恨みは恐ろしい』

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400年の歴史を誇り、日本最古のブランド和牛といわれる近江牛。

江戸時代には、近江牛が「養生薬」の名の元、味噌漬や干し肉として将軍家へ献上されたり、大名にも進物として贈られていたことは有名な話です。

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近江牛 味噌漬け                  近江牛 干し肉

『桜田門外の変』は何故起こったのか?

近江牛に纏わる話として「桜田門外の変で井伊直弼が討たれたのは、幕府が楽しみにしていた近江牛の献上を断ったから」という逸話が残っています。

当時の水戸藩主、裂公こと徳川斉昭は、近江牛の味噌漬けを好んでいたといわれ、井伊家から送って貰い、その返礼として、小梅の塩漬を送ったりしていたそうです。

しかし、井伊直弼が大老になると、領内で牛馬の屠殺を禁じ、牛肉の献上を止めてしまいます。

烈公は仕方なくいろんな牛肉を食べてみるものの、『やはり近江牛には敵わない・・・』

再三に渡る要請にも直弼は一向に応じず、遂には烈公自らが江戸城で直弼に懇願したものの、嘲弄されて断られてしまったそうです。

この井伊の不遜な態度に、家来であった水戸浪士たちは、主君に大恥をかかせたと激怒したというのです。

これが『桜田門外の変』は、井伊直弼に対して、水戸浪士たちが行った復讐劇であるという俗説です。

水戸の庶民たちは、「烈公の肉の怨みを藩士が討ち晴らした」と思っていたようで、この事件を「すき焼き討ち入り」とか「御牛騒動」と呼んだと言われています。

この事件から、近江牛は「大老の首が飛ぶほど美味い牛」と詠われたりもしました。

玉蟲左太夫が記した「桜田騒動記」にはこんな句もあったそうです。

「モウ御免と桜田門」
「食べ物の恨みおそろし雪の朝」
「大老が牛の代わりに首切られ」

真偽の程は定かではありませんが、「食べ物の恨み」って恐ろしいという話です。

近江牛は江戸時代から大名たち上流社会ではすでに高級ブランドであったことが窺い知れます。

明治になり、西洋文化の影響で牛肉食が始まり、近江商人の活躍など、関係者の苦労と努力の結果、今では近江牛は高級ブランド和牛として全国に知られる存在になっています

余談ですが、神戸牛は本来「神戸ビーフ」と呼ばれ、神戸産の牛ではなく輸送のために神戸港に運ばれてきた近江牛を、在留外国人が名付けたと言われています。

牛肉にまつわる逸話を調べてみると、日本だけでなく世界でもいろいろ面白い話があります。

また面白い話を見つけたら紹介しますね。

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「食べ物の恨み」なんてこともなく、日本が誇る数ある和牛ブランドの中から、いつでも好きな時に選んで食べられる私たちは、ラッキーと言えるのではないでしょうか。

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