博労とはなんでしょうか

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博労とは、馬や牛を扱う人のことをいい、伯楽または馬喰とも書きます。

その名残として東京・日本橋、日本最大の現金問屋街に馬喰町の名前が残っています。

牛馬の仲買人のことを馬喰といい、伯楽は古代中国の馬の鑑定の達人とも、また馬を守護する星の名ともされ、これが転じて村々を回って農家から牛馬を買い集め、各地の牛馬市などでこれを売りさばく者を指して呼ばれたそうです。

本来「午玄人」から来たとの説もあるそうで、「牛飼い、馬飼い」の玄人という意味です。

ちなみに馬喰とは、字のごとく「馬を喰う」といった意味ではなく。馬の売買や斡旋をする人のことを言います。

東京・馬喰町の名前の由来は、徳川家康が関ヶ原出陣の際、馬工郎(馬喰)高木源五兵衛に命じて厩舎を作らせ、数百頭の馬を飼うために、配下の馬喰、つまり馬方をここに住ませたことに始まります。

その後も隣町の大伝馬町・小伝馬町に幕府の伝馬役を勤めた大勢の馬喰が明治維新までここで働き住んでいたそうです。

江戸時代の末期になると「馬喰」は「博労」と呼ばれるようになっています。

また、鳥取県米子市にも博労町の地名が残っています。

1730年に山陰の因幡、伯耆2州の牛馬の売買交換市場として大山博労が開設されています。

明治期には年4回、毎回数千頭が取引され、日本三大市場のひとつと数えられるまでに発展したそうで、博労座の隆盛は、中国地方の牛馬の改良と共に、畜産の発展に大きく貢献しています。

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昭和24年に交付された「家畜商法」には、家畜の売買及び交換・斡旋を営む者を家畜商と定義しています。

博労は歴史の深さを感じさせる呼び方ですが、今では農家と肉の販売店を仲立ちする昔ながらの家畜商はほとんどいないのではないかと言われ、博労という呼び名を聞くこともありません。

私は馬は食べませんが、古い時代に思いを寄せて牛肉をいただくと、ふと「昔のすき焼きはどんな味だったのかな?」なんて思ったりします。

これからも美味しい和牛を食べたいと思います。

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